低血糖性昏睡の症状
血糖の低下に伴い、膵臓ランゲルハンス氏島からのインスリン分泌は低下し、グルカゴン分泌は増加する。グルカゴンは、低血糖に対して血糖を上昇させるように働く拮抗ホルモンの主役であり、血糖値が65mg/dl(概略)程度に低下すると、分泌が刺激される。エピネフリン、ノルエピネフリン、成長ホルモンも同レベルの血糖で分泌が刺激される。空腹感・あくびなどの副交感神経症状が現れることもある。血糖値が55mg/dl(概略)程度に低下すると、コルチゾールの分泌が刺激される。動悸・手足のふるえ・冷や汗、空腹感などの交感神経症状も出現する。血糖値が45mg/dl(概略)程度に低下すると、集中力の低下・疲労感・眠気等の中枢神経症状が起こる。更に血糖が低下し遷延した場合、異常行動・意識消失・不可逆な中枢神経障害、さらには死亡がもたらされる危険がある。
低血糖になるメカニズムと原因
臨床上問題となる低血糖の殆どは、インスリンを注射している患者、あるいはインスリン分泌を刺激するスルフォニル尿素薬を服用している患者に起こる。これら患者では外部から機械的に注射された、あるいは薬物により非生理的に分泌された、インスリンが、血中を循環している。このようなインスリンは生理的な内因性インスリンと異なり、血糖が低下しても血中濃度が低下しない。内因性インスリン分泌能が低下した患者ほど、外部からのインスリンに依存する度合いが大きくなり、低血糖を起こす可能性が大きくなる。従って、2型糖尿病患者よりも1型糖尿病患者、さらには同じ1型糖尿病患者でもインスリン分泌が枯渇した者ほど、低血糖を起こしやすい。
内因性インスリン分泌が枯渇した1型糖尿病患者では、膵臓ランゲルハンス氏島からのグルカゴン分泌が低下していることが知られている。前述のように、グルカゴンは拮抗ホルモンの主体であり、グルカゴン分泌低下は低血糖に直結する。低血糖に対するエピネフリンの上昇反応も1型糖尿病患者では低下しているとされ、これも低血糖を起こしやすくする要因である。
低血糖の診断
内服治療やインスリン注射をしている糖尿病患者で、空腹時や薬剤を誤って過量に使用した時などに、上に述べた血糖低下時の症状が起こった場合、低血糖であると診断するのはさして困難ではない。多くの場合、患者が自ら補食する事で意識障害などの重篤な状態に陥ることが回避されるが、無自覚低血糖などで突然の中枢神経症状を呈した患者が救急受診した場合、その患者が糖尿病治療中であるとの情報がないと、他の原因による意識障害との鑑別が必要になり、低血糖に対する治療が遅れることがある。低血糖による昏睡は、痛覚刺激に対しても反応しないほどの深昏睡となる場合もあり、処置が遅れた場合生命の危険も伴うが、ブドウ糖投与により確実に治療できるので、意識障害患者の診察に当たっては必ず血糖値を測定するべきである。
低血糖性昏睡の治療
本人に意識があり、経口摂取が可能であれば、ブドウ糖やショ糖(10グラム程度)の摂取により、血糖値を上昇させることができる。血糖コントロールのためにαグルコシダーゼ阻害薬を服用している患者では、ショ糖の体内への吸収が遅延する可能性があり、低血糖時にはショ糖(二糖)ではなくブドウ糖(単糖)を服用するよう、指導する。
本人に意識がない場合、経静脈的にブドウ糖液(50%ブドウ糖液20ml)を投与する。ブドウ糖投与は低血糖性昏睡に対する必須の治療であり、他の原因による昏睡であったとしてもブドウ糖投与が悪影響をもたらすことは殆ど考えられないので、低血糖性昏睡の可能性がある場合、血糖測定の結果を待たずにブドウ糖投与を行ってよい。
インスリン注射に伴う低血糖は治療により比較的短時間で回復することが多いが、スルフォニル尿素薬内服による低血糖は、高齢者や腎機能低下時など薬剤の代謝が低下している場合、数日間に及び遷延することがある。初期治療で一旦回復した血糖が再び低下しないよう、注意が必要である。