糖尿病性乳酸アシドーシスでは、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等や、倦怠感、筋肉痛、過呼吸等が認められます。

糖尿病性乳酸アシドーシスの病態・症状・治療

代謝性アシドーシスは一次性のHCO3 -の低下であり,典型的には代償性のPco2低下を伴う;pHは著明に低下するか,またはわずかに基準範囲を下回る。代謝性アシドーシスは,血清中の未測定陰イオンの有無に基づいて高アニオンギャップまたは正常アニオンギャップに分類される。原因は,ケトン体および乳酸の蓄積,腎不全,薬物または毒素の摂取(高アニオンギャップ),消化管や腎からのHCO3 -喪失(正常アニオンギャップ)である。重症例の症状および徴候は,悪心・嘔吐,嗜眠,過呼吸である。診断は臨床的に行い,ABGや血清電解質も用いる。基礎にある原因を治療し,pHがきわめて低いときにはNaHCO3の静注が適応になることがある。

ビグアナイド系薬剤は主に肝における乳酸からの糖新生を抑制することにより血糖を下げるため、ビグアナイド系薬の投与によって乳酸が増加します。通常はそれに応じて乳酸の代謝が増加し、乳酸値のバランスは保たれますが、乳酸の量が肝の代謝能を超えた場合や、肝での乳酸の代謝能が低下している場合にはこのバランスが崩れ、乳酸アシドーシスが発現するおそれがあります。

糖尿病性乳酸アシドーシスの原因

乳酸アシドーシスは乳酸の過剰産生,代謝低下,またはその両方に起因する。 乳酸はブドウ糖代謝およびアミノ酸代謝の正常な副産物である。乳酸アシドーシスの最も重篤な病型であるA型は,O2欠乏中にATPを産生するために,虚血組織で乳酸が過剰に産生されたときに生じる。過剰産生は,典型的には循環血液量減少性ショック,心原性ショック,または敗血症性ショックにおいて組織灌流が低下している間に生じ,灌流の不十分な肝臓での乳酸代謝低下によって増悪する。肺疾患による一次性低酸素症および種々の異常ヘモグロビン症に伴って生じることもある。

B型乳酸アシドーシスは組織灌流が正常(したがってATP産生も正常)な状態で生じ,予後はさほど悪くない。乳酸産生は,激しい筋肉使用(例,身体運動,けいれん,低体温性悪寒),アルコール摂取,癌,ビグアナイド類などの薬物(例,フェンホルミン,および頻度は低いがメトホルミン),ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬,または種々の毒素によって増加することがある。代謝は肝不全またはチアミン欠損症の結果低下する場合がある。

D-乳酸アシドーシスは乳酸アシドーシスのまれな病型であり,空回腸バイパス患者または腸切除後患者の結腸で生じる細菌性糖質代謝の産物,D-乳酸が全身性に吸収される。乳酸デヒドロゲナーゼはL-乳酸塩しか代謝できないので,D-乳酸は循環血液中に存続する。

D-乳酸アシドーシスを除き,所見および治療は他の代謝性アシドーシスと同様である。D-乳酸アシドーシスでは, HCO3 -の低下から予測されるよりもアニオンギャップは減少しており,尿浸透圧ギャップ(尿浸透圧の計算値と測定値との差)が存在する可能性がある。治療には補液および炭水化物制限が行われ,ときに抗生物質(例,メトロニダゾール)が用いられる。

糖尿病性乳酸アシドーシスの症状

 胃腸症状として悪心、嘔吐、腹痛、下痢等や、倦怠感、筋肉痛、過呼吸等が認められます。胃腸症状は、ビグアナイド系薬剤の投与開始初期によく認められる副作用である胃腸症状との区別が難しいとされています。通常の副作用の場合は軽度で一過性であり、一時的な減量、休薬により症状は回復することが多いようですが、海外では重傷の下痢、嘔吐等が乳酸アシドーシス発現前に数日から数週間続いている例が報告されています。血中乳酸値が、どのくらいの値を超えると乳酸アシドーシスが発現しやすくなるのかというデータはありませんが、海外では27mg/dLを超えた場合はメトホルミン(メルビン)の投与を中止するという報告があります。また、血中乳酸値は、運動や食事のほか、薬物療法で低血糖の時も高値を示すので注意が必要です。(運動後、食後では高値を示す。)

糖尿病性乳酸アシドーシスの診断

代謝性アシドーシスおよび適切な呼吸性代償の認識については酸-塩基の調節と障害: 診断で考察されている。代謝性アシドーシスの原因解明は,アニオンギャップを用いることから始まる。アニオンギャップ増加の原因が臨床的に明らかな場合もあるが(例,循環血液量減少性ショック,血液透析の未実施),そうでなければ血液検査に血糖,BUN,クレアチニン,乳酸,および考えられる毒素の検査を含めるべきである。サリチル酸濃度は大半の検査室で測定可能であるが,メタノールおよびエチレングリコールは通常測定できず,これらの存在は浸透圧ギャップによって示唆されることがある。血清浸透圧の計算値(2[Na]+[血糖]/18+BUN/2.8+血中アルコール/5)を浸透圧の測定値から減じる。差が10を上回れば浸透活性物質の存在が示唆され,これは高アニオンギャップ性アシドーシスの場合にはメタノールまたはエチレングリコールである。エタノール摂取は浸透圧ギャップおよび軽度アシドーシスを引き起こしうるが,決してこれを著明な代謝性アシドーシスの原因とみなすべきではない。

糖尿病性乳酸アシドーシスの治療

治療は基礎にある原因に対して行う。腎不全やエチレングリコール,メタノール,およびサリチル酸による中毒に血液透析が必要となる。NaHCO3を用いた酸性血症治療はある種の状況においてのみ明確に適応となり,その他の状況では恐らく有害である。代謝性アシドーシスがHCO3 -の喪失または無機酸の蓄積に起因するときは(すなわち正常アニオンギャップ性アシドーシス),HCO3 -療法は一般に安全かつ適切である。しかし,アシドーシスが有機酸の蓄積に起因するときは(すなわち高アニオンギャップ性アシドーシス),HCO3 -については議論のあるところで,このような状況ではHCO3 -が死亡率を明らかに改善することはなく,いくつかの潜在的リスクが存在する。基礎疾患の治療に伴い,乳酸およびケト酸は代謝されてHCO3 -に戻る;したがって外因性HCO3 -負荷は“オーバーシュート”代謝性アルカローシスを引き起こしうる。いかなる状況でも,HCO3 -がナトリウムおよび循環血液量の増加や低カリウム血症をもたらす可能性があり,呼吸性駆動を抑制することによって高炭酸ガス血症も引き起こしうる。さらに,HCO3 -は細胞膜を通過して拡散しないので細胞内アシドーシスは修正されず,追加されたHCO3 -の一部がCO2に変換されて細胞内に入り,加水分解されてH+およびHCO3 -になるので,逆説的に細胞内アシドーシスは増悪する可能性がある。

こうした議論やその他の論議にもかかわらず,多くの専門家は依然HCO3 -静注を重度の代謝性アシドーシス(pHが7.00未満)に推薦しており,目標pHは7.20とされている。